2014年7月10日木曜日

ショートストーリー 「名乗りの話」

「そういえばゲンキさんって名乗り方が独特ですよね」

長島源樹がそのように声をかけられたのは夜勤中の武官詰所だった。

長島源樹は交紗国に勇者として召喚された100人の1人だった。
交紗国とは長島等がいた日本を含む世界よりほど近い異世界。現在、この世界は滅亡の縁にさしかかっている。
その原因は通常思い浮かべるような環境破壊や核兵器ではなく、霧魔と呼ばれる化け物だった。
霧魔とは姿形が異様そのものであり、生命維持の為に必要な器官すら不明なのだ。なにせ解剖をしようにも死体が残らない。
共通をするのは「仮面」と「汚臭」、そして「霧」。はっきり言って生物かどうか怪しい代物なのである。
霧魔の最大の脅威が「精神を狂わせる」という点である。近づいた者は例外なく狂い死にしてしまうのだ。
いま霧魔はその身を霧に浸して世界を侵そうとしているのである。

交紗国は対霧魔において最前線の国であり、今や掌握をする領土はたった一地方のみという状況になっていた。

長島源樹が召喚されたのはそんな世界だった。交紗国の王族の生き残りはウラの伝承に藁にも縋る思いで召喚儀式をしたのだ。
ウラとは1000年前にも猛威を振るった霧魔を撃退した勇者のことである。ウラは霧魔を撃退した際、いずれ復活をすることを予言。そのための召喚儀式を伝えたのだった。
もっとも、その伝承は1000年前であり、誰しもおとぎ話だろうと思っていた。
だが、実際に霧魔は復活し窮地に陥っている。
そして、交紗国にとって異世界にて勇者の血は拡散し、100分の一、つまり「勇者100人でウラ1人分」になっていたのだった。
しかしそれでも勇者。100分の一になろうが、狂気に打ち勝ち、霧魔の大軍を撃破。伝説の鉄巨人も復活させ、飛竜とも友好を結んだ勇者達の活躍により交紗国もようやっと一息つける状況になって来つつある。

長島源樹は勇者ウラの血でも武辺の血を強く発動させており。頑強な体で斧や、槌矛、戦槌など重い武器の扱いに長けている。
しかも雷をその身に宿すことが出来、巷では「雷獣」との異名で呼ばれている。噂では難民街を根城にしている情報屋が雷獣の異名を気に入り、耳元で囁いたりとかしているらしい。

そんな源樹が名乗りを上げるとき、このような名乗りを上げる

「自分は勇者の裔、長島一族が長子、源樹なり」

兵士達が勇者でも他に誰もしない名乗りに不思議に思ったのは至極当然だった。
丁度今夜は静かな夜。夜空は二つの月が綺麗に揃っており、平和そのものである。ただ、平和というのは兵士達にとってはっきり言って暇なのである。
それでも兵士という役職な以上「いざ」に備えないといけない。眠るのは許されない。
そこで眠気覚ましというわけで名乗りの質問をしたのだった。

「ああ、そうか?ん~、じゃぁちょっと何故か話そうか」

暇を持て余していたのは兵士達だけではない。源樹もまた、暇を持て余していた。

「先ず、勇者の裔は分かるよな。俺達は勇者ウラの血を引く末裔だ」
「ああ、それは分かる。ただ、次の長島一族って何だ?」
「ええっと、先ず、基本的に俺等の国では一族ごとに名前を名乗るんだ。例えば俺なら長島。他にも南雲とか、三崎、尾宇江、氷上など、勇者の名前の上に当たるのがその一族名だ」

源樹がそれぞれ戦闘系勇者の名字を例えに出す。

「ああ、道理でゲンキが「オウエ」でも「ユウナ」でも意味が通じたのは「オウエ」が一族の名前だったんだな」
「そう。俺の国はこの一族名の種類が特に多いんだ。だから一族名でも意味が通じる。ただ、それだと例えば同じ一族なら意味が通じない。で、下の個人の名前が必要なんだ。俺なら「源樹」がそれに当たる。
他にも遠い昔に枝分かれをした一族とか、偶然とかあって時々「関係ないけど同じ一族名」がある。その場合でも下の個人名で識別するんだ」
「なるほど。ところで、何で一族に名前をつけるようになったんだ?」
「それは、俺の国の昔では自由に名が変えられたんだ」
「え?」

これには兵士達が驚いた。交紗国では名前を変えるなど思いつかないのだ。

「正確には昔の俺達の国は、先ず、帝の臣下を示す「氏」、一族の名前を表す「姓」、そして通称にあたる「字」、個人名に当たる「諱」があった」
「ふむふむ」
「基本的に「氏」と「姓」では氏が大きい集団を示すと考えてくれ。ただ氏だとあまりに大きすぎるので統治に不便になって氏より細分化された「姓」、つまり一族名が出てきたんだ。これで昔から「○○氏」の「××一族」のように使っていた。その当時はあまり個人名は重要視されていなかった。親子で同じ名前があったぐらい」
「ほうほう」
「それが次第に氏は廃れたんだよ。まぁ、戦乱の末に大きなくくりが崩壊したと見ているが。で、重要視をされたのが一族名なんだ。これも長い戦乱が同じ一族のみが信用されるようになった結果だと見ている。で、同じ一族だと個人を識別をするのに不便だ。で、徐々に個人名が重要視されるようになった。ただ、それも一つのルールがある」
「ルール?」
「そう。基本的に「諱」は呼ばない」
「なぜ?」
「昔は本名に当たる忌み名を呼ぶと相手を支配できると言う考えがあったんだよ。それで通常呼ぶときは通称に当たる「字」になるわけだが、字は通称なのでコロコロ変えることができたというわけだ。」
「なるほど。じゃぁ諱はどういうときに使うんだ?」
「だいたい死んだ後に使うんだ」
「なるほど」
「ただ、それも色々あった末に字と忌み名は廃れて「個人名」になったというわけ。だから俺が今名乗るのは「一族の名前」「個人名」になる」
「それで、何で名乗りが独特なんだ」

それに対する彼の答えは簡潔だった

「だって格好いいから」
「あ、そう……」
「格好良さは大切だぜ!」
「ま、まぁ、その気持ちは分かるけど」
「それに普通に長島源樹と言うより「長島一族の長子、源樹」と名乗った方がこっちの人たちにもわかりやすいと思ってな」
「ああ、確かに普通に「長島源樹」だけじゃそれが一つの名前だと思ってしまうしな」
「だろ。さて、眠気も覚めたし、見回りに行こうか」
「ああ、行こうか」

かくして長島源樹と、兵士達は夜の砦町へと巡回に出て行ったという

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